(葉くん。ここを見て――そう。何もないよね? でも何かがある場所だ。何が見える)
そうやって狭山さんは、おれの心をどこか別の場所に連れて行こうとするひとだった。
(‥‥‥‥風)
緑深い山の中で、虚空を指し示す狭山さんの指先に、冷たい風が絡むのが見えた気がした。
(そう――きみには、風が見えるか)
狭山さんは、年の割にはしわの深い顔で笑った。
(じゃあ、そのまま風を見続けて)
狭山さんの言葉に、おれはただ宙を見つめる。
木々の間をそよぐ風。
(入って――そこへ)
不意に、意識が虚空を駆けた。
晩秋の風は、やや霧をはらんで、冷たい。おれは反射的にコートの襟をかきよせた。
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