sakagami

 電話を切った柊さんがため息をついた。
 やっと、神沢くんと連絡がとれたみたいだ。
「ようやくつかまったか」
 苦笑いを浮かべた的場さんにきかれて、柊さんも苦笑して、頷く。
 今日は事務所でメンバー全員が代理店さんと新しいCMの打ち合わせっていう予定になってた。
 だけど、例によって――って言っちゃいけないんだろうけど――神沢くんが姿を見せなかった。携帯の電源も切っちゃってるらしくて、連絡がとれなくて。
 柊さんはさっきから神沢くんの携帯に電話をかけ続けだった。
 そうやってほとんどサボリみたいなことをするわりに、神沢くんは仕事が嫌いってわけじゃないみたいで、気がすんで、もうそろそろ仕事にいってもいいな、って思うと、携帯の電源を入れる。電源切ったまま直接現場にあらわれることもあるし、電源を入れるのも十分後だったり二時間後だったり、まちまちだけど。
 きっと神沢くんは、生活がパターン化するのがいやなんだろうな、ってぼくは思ってる。
 彼らは芸能人だから、たとえば会社員や学生でいるよりは毎日の生活は変化に富んでる。それでも神沢くんには物足りない、っていうか――決められたとおりのことをするのが、たぶん彼はいやなんだろうと思う。
 だから彼は携帯の電源を切ったり、予定の時間よりうんと早くから現場にきてたり、ぜんぜん来なかったり、するのかな、って――推測でしかないけど。
「今日はどこで何してんですって? 神沢クンは」
 事務所の奥から姿を見せた社長が柊さんに声をかけた。柊さんの苦笑がすこし大きくなる。
「公園のベンチの日だまりが気持ちよさそうで、ひなたぼっこをしてたそうです」
 柊さんの報告に、社長はくすっと笑った。でも‥‥確かに、神沢くんらしい。
「相変わらずね、彼も。――‥‥近く?」
「ええ。すぐに車が見つかれば、十分もかからないでしょう」
「‥‥なんだよ、それ」
 呆れた声をあげたのは中條くんだった。
「ほんと、あいつ何考えてんだろうな。近くまで来てるんなら寄り道なんかしてねえでさっさとくりゃいいのに」
「そうしたらおまえ一人が大遅刻だよ」
「う――‥‥」
 小野塚くんがさりげなくツッコミを入れて、中條くんはむすっと唇を尖らせた。くっ、と的場さんが笑って、ぼくも思わず笑ってしまった。
 そう――今日は、中條くんも遅刻してきたんだよね。彼の遅刻は常習犯なんだけれど。彼は寝起きが悪くていつもぎりぎりか、遅刻してくるんだ。じつを言えば、今日も、事務所に着いたのはついさっき。
 といっても、代理店さんはまだ来てない。遅刻してるわけじゃなくて、もともと代理店さんとの打ち合わせはこのあとの予定なんだ。メンバーにはすこし早めに集まってもらって、届いてる資料の説明とか、ほかの打ち合わせもすこししておこうってことになってたから。
 だから、神沢くんも今から来れば本番の打ち合わせには間に合う、ってことになるんだけど。
「そうだな、中條。ついさっき駆け込んできたおまえが言えたセリフじゃないな、今のは」
 やっぱりちいさく笑った柊さんがそう言って、いっそう中條くんがむくれた顔になる。
「――‥‥柊さんまでそういうこと言わなくたっていいじゃんかよ」
「だが柊の言うとおりだぞ、和也。おまえちゃんと資料は読んだのか」
「まだ途中だよね、中條。頭のところしか読んでないだろ」
「‥‥なんかオレ、よってたかっていじめられてねえ?」
 柊さんだけじゃなく、的場さんと小野塚くんにもさらにいじめられて、中條くんはすっかり拗ねてしまった。
「ひなたぼっこする気になって寄り道してるのも寝坊するのも、遅刻なのは一緒だ、って話だよ」
「るせー」
 最後にとどめをさした小野塚くんに思いきりしかめっつらをして、中條くんは唇を尖らせたまま、ソファに座り直して持ってた資料に目を落とした。
 ちょっとかわいそうかな、とも思ったけど――でも中條くんの拗ねた表情にはいやみがない。なんだか、かわいいんだよね、中條くんがふくれた顔してると。小野塚くんも、的場さんも柊さんも社長も、どこか微笑ましげな表情で中條くんを見てた。


   *   *   *   *   *


「おはよーーござーいまーす」
 それからあんまりたたないうちに声がして、神沢くんが姿を見せた。
「あ‥‥喬志! おせーよおまえ!」
 神沢くんに気がついて、中條くんが頬をふくらませて声をあげた。ちょっと、八つ当たりしたい気分なのかな、さっきいじめられたから。
 でも神沢くんは中條くんににらまれても気にした様子もなく、にやっとしただけで何も言わなかった。
「おはよう、神沢クン」
「あーー‥‥」
 社長に声をかけられて、いくらか、神沢くんの顔がひきつった。
「‥‥おはよーございマス」」
 ぺこっと頭を下げた神沢くんに、社長はさらににこやかに笑いかける。
「ひなたぼっこは楽しかった?」
「‥‥はは」
 顔をひきつらせたまま神沢くんはちょっとうつろな笑い声をあげて、そしてこくんと頷いた。
「あい。気持ちヨカッタです」
「そう」
 さらににっこりして、社長が頷く。
「それはよかったわ。じゃあ新鮮な気分で仕事もがんばってちょうだいね」
「‥‥‥‥あい」
 もうひとつ、神沢くんは頭をタテに動かして、頷いた。
 中條くんとかには何を言われても受け流しちゃうし、柊さんや的場さんにはある意味怒られ慣れてて叱られてもあんまり気にしない神沢くんも、さすがに社長はちょっと苦手みたいだ。社長は神沢くんがどんなむちゃくちゃなことをしても叱ったりしないから、かえってこわいのかもしれない。
「喬志」
 困ってる神沢くんに、的場さんが助け船を出した。
「もうすぐ代理店が来るから。資料だけでも見ておけ」
「あーい」
 頷いた神沢くんがちょっと目をそらすようにして社長の脇をすり抜ける。ぼくたちのいるソファのほうへやってきた。
「ほら。資料だ」
 小野塚くんの隣に腰を降ろすように促して、的場さんは神沢くんのぶんの資料をさし出した。
「説明してる時間はないから。ざっと読んでおけ」
「ん」
 案外と素直に頷いて、神沢くんは資料を受け取った。

 きゅう。

 ‥‥‥‥え?
 今――‥‥何か、音がしたような‥‥。

「‥‥あれ?」
 彼にも聞こえたみたいで、中條くんが目をぱちぱちさせる。
「今、なんかヘンな音しなかったか?」

 きゅう。

 中條くんにこたえるように、もう一度同じ音がした。
 音、っていうよりは、動物の鳴き声みたいな‥‥。
 小野塚くんが首を傾げて、神沢くんを見やった。
「神沢‥‥。おまえの‥‥‥‥ポケット?」
「ん?」
 視線を向けられて、神沢くんは首を斜めに傾ける。彼がよくやるクセだ。
「コレ?」
 そう言いながらコートのポケットに手を入れて、神沢くんはそこから何かを取り出した。
 茶色と、白の、ちいさな――ハムスターだった。

 きゅう。

「はいはい。よしよし」
 神沢くんはちょっと笑ってその子の頭を指先でかるく撫でた。
 柊さんが大きなため息をついた。
「神沢――‥‥‥‥」
 ため息と一緒に、唸るような声を絞り出す。
「なんだ、それは」
「んあ?」
 きょとんとして、神沢くんは今度はほんとに首を傾げた。ふしぎそうに柊さんを見て、手をちょっと上へ持ち上げる。
「はむすたー」
「見ればわかる」
 もう一つため息をついて、柊さんは神沢くんをにらんだ。
「なんでそんなものがおまえのポケットから出て来るんだ」
「トモダチなったの」
 まだいくらかきょとんとした様子で、神沢くんが言う。
「‥‥‥‥‥‥トモダチ?」
「うん」
 おうむ返しにした柊さんに、もう一度、神沢くんは頷いた。指先でハムスターの頬のところをつついて、撫でてやる。
「さっきねー、俺公園いて。ベンチ座ってたらトナリに来たの。野良はむすたーみたい。俺んことじーって見てたから、いっしょ来る? って手出してみたらのってきてさ。だから。連れてきた」
「連れてきた、って――おまえ」
「神沢」
 さすがに柊さんが絶句して、引き取るように小野塚くんが、やっぱりちいさなため息とともに言った。
「野良猫ならともかく、野良ハムスターなんて聞いたことないよ」
「でも首輪ついてないよ。つけるデショ? ふつう」
「つけねーよ、ふつうハムスターには首輪って」
 呆れたように中條くんが言って、神沢くんはすこし眉を上げて、肩をすくめた。
「でも、おとなしいんだね」
 小野塚くんがそっと、ハムスターのほうへ手をのばした。
「さわってもいい?」
 そう言われて、神沢くんはちょっと首を傾げて、小野塚くんのほうへハムスターを乗せた手をさし出してあげた。
「いーよ、俺は」
 頷いた小野塚くんがそうっと、指先だけでハムスターにさわった。
 やさしく撫でられて、ハムスターは気持ちよさそうな声で鳴いて、じっとしてる。

 うわあ‥‥‥‥。

 ちょっと甘えるみたいに小野塚くんの指に頭をもたげたのが、なんだかものすごくかわいくて。
「うわーっ。かわいいねー!」
「あ、オレも! オレも撫でる!」
 ぼくと、それから中條くんはほとんど同時にそう言って、身を乗り出していた。
 さわらせてもらうと、ハムスターはほんとうにちいさくて、でもあったかくてふわふわしてる。野良だ、って神沢くんは言ってたけど、毛並みもまるでよごれてない。すごく人に慣れてるみたいで、ぼくたちがあちこちをさわったり撫でたりしても、気持ちよさそうにしてるばかりで逃げようとはしなかった。
「神沢」
 柊さんがちょっとだけこわい声を出した。
「とりあえずハムスターは小野塚にでも渡して、おまえは資料をちゃんと読め」
 あ――‥‥いけない。
 そうだよ、神沢くんには資料に目をとおしてもらわなくちゃいけないんだ。
 ぼくすっかりハムスターに夢中で、忘れてた。
 ‥‥だめだな、こんなことじゃ。神沢くんはぼくの直接の担当じゃないけど、ぼくたち三人はメンバーそれぞれのマネージャーであると同時にbirdieっていうグループのマネージャーなのに。
 そのへん、ほんとに柊さんはさすがだ。
「‥‥はあーい」
 神沢くんは首を縮めて、ハムスターを小野塚くんのほうへさし出した。
「よーちゃん、いい? だっこしてくれる?」
「ああ――うん、いいよ」
「んじゃ、はい」
 小野塚くんが頷いてハムスターを抱き取って、神沢くんは、しょうがないなあ、って顔をしてたけれど膝に乗せたままにしてあった資料を開いた。


   *   *   *   *   *


 代理店の人は時間通りにやってきて、予定どおり打ち合わせは終わった。今度のCM、ぼく楽しみにしてるんだ。通信販売を専門にしてる会社のイメージCMなんだけれど、監督さんは今かなり注目されてるひとで、すごく印象的で、既成のイメージにとらわれない映像をつくる。
 まだ絵コンテはできてきてないけど、彼が撮るんだから絶対、いいものになる。
「神沢くん。はい」
 代理店さんを送り出したあとで、事務の美雪ちゃんが神沢くんにちいさなかごを渡した。打ち合わせの間、神沢くんの拾ってきたハムスターは美雪ちゃんが預かってたんだけれど、そこに入れてあげたらしい。この間、たしか雑誌社さんがさしいれに持ってきてくれたクッキーの詰め合わせに入ってたバスケットのひとつだ。
「かーいいカゴね」
 メンバーはそんなにひんぱんに事務所には来ないから、神沢くんは見覚えがなかったらしい。まあ‥‥おかしとかはあっという間にみんなで食べちゃうから当然かな。
「この間、さし入れでもらったクッキーが入ってたの。ちょうどいいサイズだったから」
「ああ。それで甘いにおいするのね」
 納得したように頷いて、神沢くんはバスケットのふたをとって、中のハムスターを指先でつついた。ぼくも神沢くんの肩ごしにのぞきこむ。
 かごの中には淡いブルーのちいさいタオルが敷いてあって、そのまん中でハムスターはまるくなって眠っていた。
「ほんっとに、かわいいねー。すっかり安心して寝ちゃってる」
 そう言うと、神沢くんもちいさく頷いた。
「でも――‥‥神沢?」
 小野塚くんがちょっと首を傾げて、神沢くんを見た。神沢くんはまばたきをして小野塚くんのほうを見る。
「ナニ?」
「おまえ、そのハムスターどうするの」
「どーする、って?」
「飼えるの」
 小野塚くんの言葉に、神沢くんはぽかんとした顔になった。まじまじと小野塚くんを見る。

 短い間、神沢くんは黙っていて、それからちいさく頷いた。
「そ、だね。‥‥飼ったげないと」
 なんだか――ちょっと複雑そうな表情だ。
 いやなのかな、動物飼うの。
 神沢くんってよくペットショップの前で立ち止まっちゃって遅刻してきたりとかするから、動物、嫌いじゃないと思うんだけど。
「やめておけ、神沢」
 声をあげたのは柊さんだった。ひょいと手をのばして、神沢くんの手からバスケットをとりあげる。
「おまえに世話ができるわけないだろう。無理だ」
「あら‥‥そうかしら」
 神沢くんはちょっと唇を尖らせたけれど、でも本気で怒っている様子じゃなかった。
 じゃあ、たぶん――ほんとにそうなんだな。神沢くんは、ハムスターを拾っては来ちゃったけど、飼いたいわけじゃないんだ。
 そうじゃなかったら、柊さんはあんなふうには言わないだろうし。基本的にどんな時でも、ぼくたちはメンバーの意志を尊重する。それは仕事だけじゃなくても一緒のはずだ。
 柊さんが反対して取り上げる形にすれば、神沢くんが自分から「いやだ」って言わなくてよくなる。
 ‥‥‥‥から、なんじゃないかなあ。推測だけど。
「そうだな」
 ちいさく笑って、的場さんも頷いた。
「喬志に任せておくほうが心配だ」
 やっぱり。
 ‥‥すごいなあ、柊さんも的場さんも。神沢くんのほんとうの気持ちを見抜くだけじゃなくて、どう考えても打ち合わせとかはしてないはずなのに、うまく連携プレーができて。
 ぼくじゃ絶対に無理だなあ。

 だけど‥‥。

「でもさ、じゃあどーすんの? 捨てるわけいかないでしょ?」
 ちらっと柊さんの手元を見た時、まさにぼくが気になってたのと同じことを、中條くんが言った。
 そうなんだよね。神沢くんが飼いたくないとしても、拾っちゃったんだし、誰かが世話してやらないといけないと思う。さっきも思ったけど毛並みとかは汚れてないし、人にも慣れてるみたいだから、探せば飼い主は見つかるかもしれないけれど、それまで事務所に放置しておくわけにもいかないし。
「誰かもらい手を探すさ。それまでは――」
「あのー‥‥」
 考えるより先に、声が出ていた。
「ぼく‥‥もらっちゃだめですか、その子」
「ん?」
 柊さんが、けげんそうにぼくを見た。
 いや、柊さんだけじゃなくて、的場さんも、小野塚くんも中條くんも、それにハムスターを拾ってきた当人の神沢くんも。

 というかたぶん、いちばんびっくりしてたのは、ぼく自身かもしれなかった。
 でも、‥‥なんていうか。
 ものすごく、かわいいな、って思って。
 誰かにもらわれていっちゃうんだ、って思ったら――ぼくじゃだめなのかな、って思って。つい‥‥言ってたんだ。

「おまえが?」
「ええと――はい。ぼくが飼ってもよければ」
 神沢くんも、たしかにあんまり家でペットを飼うっていうイメージはない。中條くんは犬とか飼いそうだし――小野塚くんは猫か熱帯魚とかかな。飼っててもおかしくないイメージはある。
 でもたぶん、ぼくにも‥‥そういうイメージって、きっとないだろうと思う。自分でだって、ペット飼おうかなとか、ほしいな、って思ったことないし。
「なんだか、かわいくなっちゃって。知らないひとにあげちゃうんだったら、ぼくが飼いたいなあ、って――」
 ‥‥おかしいかな、やっぱり。ぼくがハムスター飼います、って。
 けっこう、本気なんだけど。
 短く柊さんと目線を交わして、的場さんが神沢くんのほうを見た。
「どうする、喬志」
「え」
「拾ってきたのはおまえだろう」
 今度はさっきとは逆に、柊さんが的場さんの言葉にフォローを入れる。
 神沢くんは、目をそらした。手をあげて、首のあたりにかかる髪の毛をいじりはじめる。神沢くんがよくやるクセだ。
 ‥‥いやなのかな、神沢くん。
「イヤ、べつに――。坂上さんがそんでいーんだったら俺もいいよ」
「ほんと?」
 だけど神沢くんが口にしたのは、ぼくがおそれてた言葉じゃなくて、思わずぼくは大声をあげてしまった。
「ありがとう、神沢くん! ぼくちゃんと世話するからね!」
「うん――」
 お礼言われて照れてるのか、神沢くんは目をそらしたままちいさく頷いて、それからあらためて、こくん、と頭を前に倒した。
「ヨロシクお願いシマス」
「うん!」
 大きく、ぼくは頷いた。柊さんが手にしてたかごをぼくに渡してくれる。
 あらためてふたをとって中をのぞく。まだ、ハムスターはすうすう眠ってた。
 ほんとに‥‥かわいいなあ。
「坂上さん、こいつ名前どーすんの?」
 立ち上がった中條くんがこっちへきて、かごをのぞきこんできた。
 そうか。名前‥‥かあ。
「なんにしようかなあ。――あ、せっかくだからさ。神沢くん、名前つけてあげてよ」
 連れてきてくれたのは神沢くんなんだし。彼の――権利、っていうとちょっと変だけれど、名づけ親になってもらおう。
 神沢くんは短い間天井を見上げるようにして、ちいさく頷いた。
「ハム」
「‥‥‥‥ハムぅ?」
 中條くんが裏返った声を出した。
「なんだよそれ」
「だってはむすたーだし」
「神沢‥‥ストレートすぎない? それ」
「え、いいじゃない、ハムって名前」
 なんだか中條くんも小野塚くんも反対みたいだったけど、ぼくはそのシンプルな名前がすごく気に入ってしまった。
 なんだかすごく、神沢くんらしい命名だと思う。
「かわいいし、なんだかおいしそうだよ」
 でも、さすがにシンプルすぎてうまくほめる言葉が見つからなくて。名前から連想してそう言ったら、神沢くんがいつものちょっと皮肉そうな笑みを唇の端に浮かべた。
「‥‥食べちゃだめよ、クッキーのいいにおいするけど」
「えー? やだなあ、食べたりしないよ」
 まあ、たしかにぼくは食べようと思えばずいぶんたくさん食べられる体質をしてるけど。でもべつに欠食児童ってわけじゃないし。
 こんなにかわいい子、食べたりするわけないじゃないか。
 冗談きついなあ、神沢くんも。
「でも、もしかしたら飼い主が探してるかもしれないね。神沢くん、あとでこの子拾った場所教えて? 写真撮って、この子預かってます、って貼り紙してみるから」
「ああ。うん」
 ほんとは‥‥飼い主は見つからないほうが、ぼくはうれしいけど。飼い主さんが心配してたら申し訳ないし。とりあえずはぼくのところで預かって、飼い主さんから連絡がなかったら、そのまま飼うことにしよう。
「じゃあとりあえず、しばらくは、ぼくんちの子だね、ハム」
 かごから抱き上げて頬ずりをすると、目を覚ましたのか、ハムがきゅう? って鳴いた。

 ほんとに――すごくかわいいや。
 ぼくに飼われて、幸せにしてあげられるといいな。

 今夜帰ったらさっそく、ハムスターの飼い方を紹介してるサイトを検索してみようっと。


end

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